第82回日本社会学会大会(立教大学)

一般研究報告「愛と暴力のネットワーク:ソシオン理論の分析 ―社会システム学の未来に向けて(3) ―」

愛と暴力のネットワーク:ソシオン理論の分析
社会システム学の未来に向けて(3)

大阪大学 渡邊 太
 関西大学 木村洋二


1 目的
本報告では、愛と暴力が増幅しあう感情ダイナミックスを含むソシオン・ネットワークの挙動に ついて検討する。わたしたちはこれまで、猜疑、憎悪、裏切り、密告、虐待、粛清、殺戮といった 人類の負性の側面を解明することをめざして、理論的検討を重ねてきた。負の感情に取り憑かれた ひとはそれを隠そうとするし、不幸になりたくないひとは目をそらそうとする。ソシオン理論は、独自の概念と記号を使用し、感情的負荷の強い事象をニュートラルにあつかうことをめざしている。

2 方法
ソシオン(socion)とは、社会ネットワークの結び目としての社会的行為主体をあらわす概念である。ソシオンは自他の像をとり込み、重みづける。この重みづけを「荷重」(semio-weight)と呼ぶ。荷重は、関係の重要性に応じて付与される予期の強度をあらわし、正負(P/N)の分極性をもつ。好悪、信不信として経験される正負の重みは、表象のリアリティ強度を規定する。ソシオン理論では、主体内部に3者関係の変換ユニットが埋め込まれていると仮定し、トリオンと呼ぶ。トリオンは、3項の関係がPPP、PNN、NPN、NNPのとき安定する(ハイダー・バランス)。不確定状態の関係において、トリオンは2辺を入力すると自動的に残り1辺を算出し、予期を投射する。「かもしれない」という小さな予期は、コミュニケーションによる増幅を経て「ちがいない」の確信へと至り、予期とそぐわない情報は、「そんなはずがない」と遮断される。

3 考察
私は、アナタとアナタが互いに見交わしあうその目を直接見ることができない。私は、アナタとアナタの関係を詮索・予期し、果ては妄想する。トリオンの概念は、他者と他者の関係が自己の外部であるとともに、わたしの内的な現象学的リアリティとして生きられることを指し示す。 仲の悪い両親のあいだを行ったり来たりする子どもは、両手を引き裂かれるのではなく、文字どおり胸を引き裂かれる。弾圧に怯えたペテロは、三度イエスを否認する。若き日の先生はKを出し抜き、お嬢さんと結婚する段取りをひそやかに進めた。ヘイトグループは自分たちの地位が脅かされていると感じ、マイノリティへの憎悪をつのらせる。人民の困窮に涙するテロリストの悲しき心は、体制への怒りに打ち震える。粛清の恐怖に怯えるあなたは、仲間を密告し裏切るだろう。
トリオンの荷重変換は、?自己→他者、?他者→自己、?他者→他者という3つの異なる関係性を統一的にあつかう。3つの関係性にまつわる情報を同時に処理できることは、限られた情報処理能力で複雑な社会環境に対応しなければならない人間にとって、認知的経済性の高い戦略と考えられる。だが、予期がリアリティを生み出すトリオン変換は、不可視の敵に対する恐怖やアナタが裏切るかもしれないという猜疑心を集合的に増幅し、人類を襲う不幸のメカニズムとしても機能する。